彼シリーズ「変なホテル」

長旅に疲れた彼は、近くにどこか泊まる場を探していた。ちょうど小さな橋を渡ったすぐ近くに、その錆びれた一帯に似合わず不釣り合いに同化した見るからに豪華なホテルがあった。たったいま完成されたような新鮮さがある。彼自身疲労のために希望的な幻想を抱いていた可能性も否定できない。とりあえずここで一晩を明かそうと考えた。だが、どうも先ほどから拭ぎれないものを感じていた。それが何だか判らなかったが、そうか!と突然に思いだした。旅の道すがら同じ場所を通り過ぎたのだった。そこにこんな建物はなかったはずである。彼の記憶によれば絶対になかった。
ホテルの中は明かりがついているだけで、人影すらなく静であった。いくら待ってみても埒が開かないと思ったから、救急車のサイレンのような声で叫んでみる。それでも反応がない。このとき目の前にあった文字を読むことができた。「self」。なるほど彼は合点した。「このホテルいつできたのですか?」と誰もいない壁に向かって訊ねる。しばらく沈黙があったのち機械的な女の声で声で「たった今です」と返してきた。「昼間は確かここにはなかったはずだけど」「おっしゃるとうりです。ありませんでした」「じゃあどこにあったんだい?」「はい。昼間は営業しているためありませんでした」「それはどうゆうことだい?」「このホテルごと営業に出向いて行きます」「なるはど、それで昼間はここになかったと言うわけか」「ご理解いただけたところで改めて本日のご利用ありがとうございます」と応じた。
腹はもうぺこぺこだ。何か食わないことには始まらない。「何か食べるものはないのか」とホテルに訴えたがなんの返答もない。どうやら食事は自分で調理するものらしい。幸いロビーにはバナナの樹がある。そこから三本ばかり失敬すると犬のように一気に腹に収めてしまった。こんどは喉が乾いて仕方がない。庭の方まで見渡すと、小便小僧がいる。水であることを確認してからこれも一気に2リットルばかり頂戴る。……………………………。
(つづきは宮沢賢治の「注文の多い料理店」を読んでください)。

渋谷昌孝(Masataka shibuya)

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