彼シリーズ「道化師」

彼は、強烈な眩暈に襲われた。天と地が猛烈な勢いで回転していた。もはや立っていることができず、船酔いの如くに揺れていた。「ああ」!彼は孤独な宛先のない深い溜息を漏らす。この「ああ」!という感嘆詞のなかに、彼の全生涯の絶望(キルケゴール)が凝縮されているかのようであった。眩暈(ヒッチコック)は回転そのものであった。あのゴッホの星月夜!回転しながら激怒する糸杉と夜空。耳を押さえようと堪えたら、ムンクの「叫び」を思いだして慌てて手を引っ込める。まるで手を切られたかの如くに。あの絵のなかには謎の言葉が書き込まれているそうだが…
人間が人間であることをやめるのか?
人間落第?人間放棄?人間失業?
「それから」漱石の真っ赤な回転が飛び込む。ポー「メエルシュトレエムに呑まれて」の挿絵の回転画像と奇怪な黒猫の鳴き声。芥川龍之介「歯車」の憂鬱な美しさ。最後のシンフォニー6番最終楽章の憂愁チャイコフスキー。凡ゆる耐え難き者達と苦悩懊悩ドストエフスキー苦痛のマゾヒズム。蒼白顔の道化師ピカソ青。魂の嘶き叫びコルトレーン。疾走する悲しみモーツァルト40番。磔刑束縛されたレクイエム。変人扱いされるセザンヌ。蔑まれるブルックナーの荘厳交響。永遠の異邦人カフカという名のカラス。錯乱するヘルダーリン。シューマンの狂気。晩年ニーチェの発狂。この人を見よ!乱痴気騒ぎの夜の夜。ベートーヴェンの耳の底。夜中の声。焦る救急車。夜中の信号機。強欲なマネーと群がるハイエナ達。汚染された水。腐海。壊れたピアノと不協和音。不機嫌な呼吸。声なき声。スマホに滑る無言の親指の行列。狐のように光る眼。忘れられる青空。死骸と化す良書の無視される主張。瀕死の資本主義。特権階級の高笑いと貧困。大洪水。鳩!鳩!鳩!空気の澱。関係の澱。偽の同情と諦念残念無念御免満面の笑み。
atmosphere! 
政治家の遺憾は誠に遺憾?如何せん?誠に如何か?
「それから」「それから」と続けながら、マクベス夫人と魔女の呟きが…血の臭いが。その手に染みつく…洗っても洗っても消えぬ。また洗う洗う洗う。
きれいは汚い、汚いはきれい。
「空気が悪い」「空気のせいだ」「空気が汚れているから」と、空気ばかり。カメレオンよろしく空気ばかり食べる(ハムレット)。で、呼吸は?

「mask!mask!mask!」


もう!こうなったら道化師になるしかないな。







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