彼シリーズ「電車の観念」
我が家のすぐ隣を電車が通り過ぎた。と言っても近くには電車の路線なんてもともと無い。しかも我が家は駅からかなり離れたところにあるはずだ。轟音の後にはいつもの風景である冷たい道路が静寂と沈黙の裡に佇んでいるではないか。その静寂と沈黙とは彼自身のものとまったく同じものだった。何が起こったのか?二度目のチャンスに期待して彼は家の窓から外を凝視する。
「あっ!きた」
その轟音は確実にこちらに向かって突進してくる。
「耳を使え!」
音の頂点で彼は凝視に凝視を重ねようと懸命な努力をする。だが、音は速い。確かに電車が猛スピードで駆け抜けたのにその形跡がないのだ。こうなれば意地でも見てやる!と決意を固めて三度目のチャンスを待った。
「来た!見た!勝った!」
その巨体は線路を造りながらその上を走り過ぎると残った線路の後始末をする新型の機械のようだった。高架線も同様にして通過した後は自らの車体に素早く収納する。それではキャタピラと一緒じゃないかと思われるだろう。彼も初めはそう思ったのだから。しかし、電車という観念は捨てがたく、雰囲気として、ほかの乗り物である可能性は限りなくゼロの近いと自信を持って断言できる。
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