HANABIあるいは夏の夜の夢

言い知れぬ悪夢から逃れた…と思った。いつもの日常との違和感を痛切に感じないではいられなかった。眩暈がする。それもいつになく激しい。時計に目をやる。ぐるぐると急速に回転している。「これじゃ時計とは言えないな」とふと思う。
信号機の点滅が視界に入る。なるほど、これでは交通もままならない。青と赤の瞬間移動が瞬きのように速すぎて運転手はアクセルもブレーキも踏めずに茫然自失。「これでは渋滞も避けられないな」と諦める。
洗濯をしようとボタンを押したら異常な速さで回転しはじめたので慌ててスイッチを切る。「これじゃあ、こっちが洗濯されてしまう」と大きな溜息をつく。
世界はせっかちになったのか?
やはりそうだ。エスカレーターは高速回転のせいで煙をだす。乗ったら万事休す。実際、乗った乗客は荷物のように死体の束となって積み重なっている。「機械の暴走は尋常じゃないな」手に負えないと思った。
電車は扉の苛立ったような開閉で人工的に乗客に歯向かっている。きっと乗せない気なのだろう。客を乗せずに怒ったように走り去る。本来の仕事を完全に放棄している。「日頃の鬱憤を晴らしているんだろう」。もう乗るまい。
仕事場に到着する。パソコンは何だどうしたのだ。キーボードが自動演奏のピアノのように勝手に文字を叩き出している。そして画面には無意味な記号の羅列がとめどなく続いている。「とうとう人工知能が仕事を強奪してしまったのか?」いいだろう彼に任せよう。ひとつの人格として認めようではないか。気の済むまでやりなさい。「でも権限の所在があやふやになってしまうなあ」と一抹の不安を覚える。
手にもつスマホも例外ではない。自己主張をするかのようにありったけの美しさでパチパチ輝いている。まるで花火だ。手だしができない。だから入力する余地もない。「わかる気がする。普段から親指でこき使われているからな。主人公になりたいのだろう」。スマホ劇場だ。万歳!
…………………………。
天を見上げる。雲が下界を嘲笑うように悠然と動いていた。太陽はさらに偉大な姿を顕わす…俺が唯一の不動なりとでも言わんかの如く…

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