相手はいつも勝手

あらゆる理解において、速度と方向が問題になる。どういう意味か?理解されるものがその通りに理解されるために、例えば理解されるものが右方向に向かっているものだったら、理解者がいくら左方向に向かって理解を試みても成功することはない。ここでは方向について考えたが、速度という事情もあるかもしれない。わかりやすい例を挙げるならば、ゆっくりとしたテンポの音楽をプレストやアレグロで聴くときのような場合である。明らかに極端に速い音楽は聴こえないか若しくは音楽として成立しない。同じことが一般の理解についても当てはまるのではないか。もともとスピードの速い理解を求める対象があるとして、速度を落とした理解の仕方では正しい理解には至らない。理解に必要な条件はこちらがスピードを保ちつつ理解に及ぶことだ。つまり求められる条件に配慮しない方法では理解の世界すら入れないということである。相手はこちらの事情なんかに気遣いなど一切しないからである。

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