彼シリーズ「スマートな死」
何か様子がおかしい。何がどうおかしいのか判然としない。けれども、おかしいという感覚だけは確かなものだと哲学的命題の如くに確信できた。彼は単調な日常生活を淡々と特別な感情なしに送っていた。寧ろ丁寧な生活と言えた。無意識に天を見上げた。空にはかんかんと突き刺すような太陽が威風堂々としている。彼は、こころと裏腹なこの太陽を憎んだ。ふと背後に映る影に目をやる。「なんか違うな」。「俺の影ではないな」。不思議な感覚に囚われる。影に違和感を感じざるを得なかった。急速に不快感が襲ってきた。一ヶ月後に不愉快は増した。そして一年後のある日にも同じように変な、奇妙に歪んだ感覚が遠く離れた僻地から浮きあがるようにして、彼のこころに迫ってきた。耐え難い苦痛を感じる。「なんだろうか」。「やっぱりおかしいぞ」。「まるで我が身が半分になったみたいだ」。彼の煮え切らぬ感覚を余所に、影が執拗に付いて回る。彼の体験は次第に希薄なものになっていった。影の方が重みがあるようにも思える。なんだか他人になっていく気分がする。ここで彼は思考を焦って巡らす。奴隷のように頭脳を働かせる。彼の思考は卓越した優秀さで解決を与えた。「影とはスマホだ!」。これですべての不条理が条理になると狂喜した。心は喜びのあまり太鼓を鳴らす。笛が鳴る。ラッパが鳴る。トランペットが嘶く。全員で陶酔したように踊る…ああ影に彼は魂を乗っ取られてしまったのだ!そして、その影とは他ならぬ、毎日手のひらの中で静かに来るべき覇権を心待ちにしていたスマホだったのだ。そうスマホが勝利したのだ。彼は憔悴しきって屈服し、うなだれたまま地面に野垂れ死になる!…ここであなたは比喩だというに違いない。真実に同意しない…そんなこと百も承知さ……………………!
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