2022.03.23 14:31二項対立の限界知るためには暫定的に固定されている何か或るものがなければならない。というのは、知るとは何かを起点にして知るからである。例えば航海などで位置を知るために天空の星を手がかりにする。知が得られるためには、それ以前に前提とされた知を必要とする。終わりもなく始まりもない迷路の中にいる。ここで知というものがあるとするならば、何かを仮に固定させておいて、初めて得られる知であるはず。知とて泳いでいる。捕まえようと...
2022.03.15 13:27彼シリーズ「人類博物館」「これは何です?」と思わず私は声を荒げた。館長はにやりと笑って「これは見ものですよ」と応じた。通された場所には四角く整然と並んだ幾つもの田んぼのようなものが広がっていた。稲作とは随分と平凡だなと思ったが、館長は突然なにか深刻な問題でも考えているような顔つきになった。そしてこういった。「これが人類の求めていた世界です」。私は一瞬面食らった。「人類!人類ですって?」と思わずおおむ返しに言葉を返す。「た...
2022.03.13 15:14彼シリーズ「証明が逃げる」それは全身全霊を捧げて取り組んだ問題であった。昼夜を問わず、脳髄が焼き焦げて蒸気を発するかの如く激しい苦行の賜物であった。彼は何日も徹夜に徹夜を重ねてやっと重大な数学的定理を証明したのだった。それがいとも簡単に無きものとして破棄されてしまったのだ。彼の困惑と失望と喪失感は尋常ではない。彼の労苦は、詳細な吟味をされないままに水泡に帰してしまったのである。だが、これは彼に限った話ではなかった。審査した...
2022.03.09 14:09沈黙/金の卵沈黙する/沈黙している/沈黙しようとする/これらは、沈黙という覆いを纏った雄弁あるいは積極的な思考を宿してはいないだろうか。沈黙してはいるが、雄弁以上の意味を含んでいる。言葉が欠けているが、恐ろしく不気味である。言葉なき沈黙によって雄弁よりも、むしろ多くの意味が語られているからだ。沈黙を聴く人は、欠けている空白に本来あったであろう内容を性急に埋めあわそうとする。
2022.03.05 14:04〈ないない〉言語ゲームだれが〈ない〉と言えるのだろうか。確かに言葉の上では、だれでも〈ない〉と言うことができる。しかし〈ない〉だけを分離して取りだすならば、おかしな話になりはしないだろうか。〈ない〉と指示されるものは〈ない〉のであるから、何かが〈ない〉のである。この何かを無視するなら〈ない〉は〈ない〉となることはできない。〈ない〉と何かの関係は、私と私の心臓の関係に似ている。つまり〈ない〉は、この何かと分離することはで...